平尾昌晃さんが語る
小さくてもいい、「夢」を持つこと
それが明日への活動力になるから

平尾昌晃さん
PROFILE
昭和33年、歌手デビュー。「星は何でも知っている」「ミヨちゃん」等で一世を風靡。レコード大賞作曲賞受賞(昭和42年)を期に本格的に作曲活動を開始。昭和53年、畑中葉子との「カナダからの手紙」が大ヒット。「平尾昌晃ミュージックスクール」では新人歌手育成とカラオケ普及にも貢献。昨年、門下生としてデビューした一平彩菜(ひとひらあやな)の「伊集の花(いじゅのはな)/恋蛍(こいぼたる)」を作曲、プロデュース。平成15年、「紫綬褒章」授章。

作曲家としてだけでなく、プロデューサーとして新人歌手を育成し、また歌手として意欲的に活動する平尾昌晃さん。黄金の60年代を彩った三人男(平尾昌晃、ミッキー・カーチス、山下敬二郎)と三人娘(伊東ゆかり、中尾ミエ、園まり)の一員として、スペシャルコンサートを今年の4月27日に大阪城ホールで開催、青春のポップスが甦る。

平尾昌晃さん
「客席に2〜300人が踊れる特設ダンスステージを設置してね、コンテストとかするんです。昨年の12月に東京でも開催したのですが、50〜70代の人たちが踊ってね。ツイスト、ゴーゴーで、ドドンパと、青春を過ごした時代で踊り方は違うんですけど、とにかく楽しいですよ」

これからのコンサートは観るだけでなく、参加型がいいと平尾さんは提唱する。

「一瞬のうちに30〜40年前の自分に戻ることができる。音楽の持つ素晴らしさですね。また、歌って踊ることによって脳内ホルモンの活性化にもなるし。うちのカラオケ教室は全国にあり、字幕を追うのではなく、歌詞を覚えて歌うように指導します。それに姿勢も大事。背筋を伸ばして、横隔膜を開き、へそから下に力を入れなきゃいけない。姿勢を意識して、歌詞も記憶する。そのことが右脳と左脳の両方を鍛え、カラオケの健康法になるんです」

ライフワークとして『平尾昌晃チャリティゴルフ』を主催し、昨年で31回を数えた。歌手として順調に歩んでいた時に、大病に冒されて長期入院。その際に支えてくれた人への恩返しと感謝の気持ちを込めて、チャリティの開催を志した。集まった基金は国内外の身障施設、老人福祉施設などに寄贈し、ボランティア活動を展開している。

「何歳になっても欲張って『いくつもの夢』を持ちたいですよね。長嶋さんや王さんと話をしても、必ず夢の話は出てきます。夢を描いて、それを食べていく。おいしいものを本当に食べるのと同じ価値があると思います。それが明日の活動力になるんです。特に定年退職後の夢は持っておかないと。でないと毎日が惰性になるし、人と会う気持ちもなくなってきます。僕の夢ですか?大きいところで言うと、『昭和歌謡記念館』のようなものを建てたいですね」

そして団塊世代へのメッセージがもう一つ。

平尾昌晃さん
「出不精にならない。マメに行動して、自分のスタイルを変えるという気持ちが欲しい。家でゴロゴロするだけでなく、ぜひとも動いて欲しいと、特に男性に言いたいです。そして、行く場所によって自分のスタイルも変える。仕事の格好のまま遊びに行くのではなくて、ラフなスタイルに着替えて出かけるとか。マメになれば、女性にモテるようになります(笑)」